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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)1626号 判決 1985年9月24日

第一五五〇号事件原告 第一六二六号事件原告 野々口正三

第一六二六号事件原告 ホッコー株式会社 (旧商号 株式会社北興商会)

右代表者代表取締役 谷口次郎

<ほか二名>

右四名訴訟代理人弁護士 富岡健一

同(但し、第一六二六号事件のみ) 細井土夫

同(但し、第一六二六号事件では弁護士富岡健一の復代理人) 木村静之

第一五五〇号事件被告 第一六二六号事件被告 松本嘉一

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 小林昭

同(但し、第一六二六号事件では弁護士小林昭の復代理人) 菱田健次

同 瀬浪正志

主文

一  被告らは原告佐藤睦夫に対し、

1  別紙目録(八)記載の土地のうち別紙図面記載のホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ホの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を通行することを妨害してはならない。

2  前項記載の土地上にあるブロック塀を撤去せよ。

二  その余の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告佐藤に生じた費用と被告らに生じた費用の三分の一を被告らの負担とし、その余の原告三名に生じた費用と被告らに生じたその余の費用は原告佐藤を除く原告三名の負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

1  主位的申立

被告らは、

(一) 原告野々口に対し、別紙目録(一)記載の土地のうち別紙図面記載イ、ロ、ハ、二、イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を通行してはならない。

(二) 原告野々口に対し、各自五〇万円とこれに対する昭和五六年九月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 原告らが別紙目録(八)記載の土地のうち別紙図面記載のホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ホの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を通行することを妨害してはならない。

(四) 原告に対し、右のホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ホの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にあるブロック塀を撤去せよ。

2  予備的申立

被告らは、

(一) 原告会社、同谷口が別紙目録(八)記載の土地のうち別紙図面記載のチ、ト、ヘ、ル、リ、チの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を通行することを妨害してはならない。

(二) 原告会社、同谷口に対し、右のチ、ト、ヘ、ル、リ、チの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にあるブロック塀を撤去せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

第二主張

一  請求原因

1  当事者らとその所有地について、

(一) 原告野々口は別紙目録(一)記載の土地(以下「(一)の土地」といい、他の土地についても同様とする。)を、原告谷口は(二)の土地を、原告会社は(三)ないし(七)の土地を、原告佐藤は(二)の土地を、訴外深見徳三郎は同(九)の土地を、同中村末吉は(一〇)の土地をそれぞれ所有している。

(二) 被告松本、同富永嘉江は(八)の土地を共有し、同富永敏郎は右土地を借受け、地上に建物を所有している。

(三) 右(八)ないし(一〇)の各土地のうちの西側の一部は、昭和三三年ころから幅員四メートルの南北に通じる私道敷(以下「本件既設私道」という)とされ、近隣住民の通路として使用されてきた(別紙見取図参照)。

2  協定締結と締結後の経過

(一) 原告野々口、同谷口、原告会社、被告松本、同富永嘉江、訴外深見、同中村は、昭和五〇年七月頃、左記内容による「私設道路改修に関する協定」を締結した。

(1) 原告野々口は、その所有にかかる(一)の土地の内、別紙図面記載イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれた部分(以下「(A)部分」という)を、原告会社、同谷口は、前記既設私道の西側に隣接する各所有土地の東側一部を、幅員二メートルの新私道敷として、それぞれ提供する。

(2) 被告松本、同富永嘉江、訴外深見、同中村は、前記各所有土地のうちの本件既設私道部分を引続き、幅員約四メートルの新私道敷として提供する。

(3) 右各土地所有者は、本件既設私道および新私道敷をあわせて、幅員約六メートルの新設道路を開設するものとし、原告会社がその費用負担により、右舗装工事等をする。

(二) 右協定に基づき、右の各土地所有者らは、直ちに前記新設道路を開設し、原告会社は、被告松本、同富永嘉江共有の(八)の土地の本件既設私道の東側半分を除くその余の部分をすべて舗装した。右被告両名は、従前同様、本件既設私道全部を通路として使用にまかせていた。

(三) ところが、被告三名は、共謀の上、昭和五四年一月頃、(八)の土地の本件既設私道の上に、ブロック塀を設置し、右既設私道の一部である別紙図面ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ホの各点を順次結ぶ直線で囲まれた部分(以下、「(B)部分」という)を、被告富永敏郎方の庭として、取り込んだものである。

3  原告野々口の(A)部分に対する通行差止め請求

(一) 被告松本、同富永嘉江は、原告らに対し、本件協定に基づき、(八)の土地の本件既設私道全部を引続き新私道敷として提供すべき債務を有しているところ、原告らの再三にわたる催告にも拘らず、右ブロック塀の収去、右敷地の明渡をなさず、右債務を履行しない。

そこで、原告野々口は、被告松本、同富永嘉江に対し、本訴状(昭和五六年九月二六日及び同月二八日に送達)をもって、右債務不履行を理由として、本件協定を解除する旨の意思表示をした。

(二) 被告らは、原告野々口所有の(一)の土地の内、(A)部分を、何らの権原がないのに拘らず、通行している。

よって、原告野々口は、被告らに対し、(一)の土地の所有権に基づき右(A)部分の通行行為の差し止めを求める。

4  原告野々口の損害賠償請求

(一) 原告野々口は、被告らの右債務不履行により、本件各訴訟の提起を余儀なくされ、そのため弁護士費用等として五〇万円を支出し、右同額の損害を被った。

よって、原告野々口は被告らに対し、右損害賠償金五〇万円およびこれに対する被告らへの本訴状送達日の翌日以降である同五六年九月二九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  原告らの(B)部分の土地に対する通行地役権または使用借権について

(一) 原告佐藤の有する承継通行地役権

本件既設私道及びこれに続く私道及び(八)ないし(一一)の土地を含む附近一帯の一団の土地は、旧地番鳴滝音戸山町一一番二であったところ、その所有者岡本茂子、金碩謙は、昭和三三年頃から、右土地を宅地として分譲することとし、同所一一番一一ないし一一番二九の各土地に分筆すると共に、分筆した土地の一部分に別紙見取図記載のように幅員約四メートルの本件既設私道を通路として開設し、右各土地を分譲する都度、その相手方又は転得者のために、右通路部分を承役地とし、その余の土地を要役地とする通行地役権を明示ないし黙示的に設定した。

被告松本、同富永嘉江は、右通行地役権を承認のうえ、昭和四四年六月二一日頃、(B)部分を含む(八)の土地を買受けたものであり、原告佐藤は、同年一二月一五日頃、右分譲地のうち、(一一)の土地を買受けると同時に、(B)部分の土地につき、右通行地役権を承継した。

(二) 原告佐藤の時効による通行地役権の取得

右(一)の地役権設定契約の成立が認められないとしても、本件既設私道の道路開設の経緯、その後の通行状況、右私道が前記分譲土地所有者らによって維持されてきた事情等を考慮すると、原告佐藤は(B)部分の土地について、右通路開設から一〇年を経過した昭和四三年三月一日頃には、遅くとも、継続かつ表現の地役権を時効により取得したものである。

(三) 原告らの有する通行地役権又は使用借権

被告松本、同富永嘉江は、昭和四四年六月二一日頃(八)の土地のうち、(B)部分を「道路の部分」とし、その余の土地部分(敷地の部分)とは区別してこれを買受け、爾後、原告らその他の近隣住民(上田将義、上田章弘、永野辰雄、永野彰、下村睿、妙楽院等)のための通路として、(B)部分の土地を無償で使用させ、今日に至った。

すなわち、原告らは、被告松本、同富永嘉江との間で、右の頃、(B)部分の土地につき、通行地役権を設定する契約、又は少くとも通行を使用目的とし、返還の時期を定めない使用貸借契約を結んだ。

6  原告らの通行の自由権に基づく請求

原告らは、以前から(B)部分の土地を含む本件既設私道を日常生活に不可欠な道路として利用し、被告らも右状態を長年承認してきた。

したがって、原告らは(B)部分の土地につき、いわゆる通行の自由権を有している。

7  原告会社、同谷口の本件協定に基づく請求

(一) 原告会社、同谷口、同野々口、被告松本、同富永嘉江、訴外深見、同中村は、同五〇年七月頃、前記2記載の協定を結んだ。

また、被告富永敏郎は、(八)の土地上の建物所有者として、被告松本嘉一、同富永嘉江と共に、右協定の実質上の当事者として参加した。

(二) 右協定によると、被告らは原告会社、同谷口に対し、(B)部分の土地を通行のため使用させ、右土地上に建物その他の工作物を設置するなどして右原告らの通行を妨害しないという契約上の債務を有している。

8  被告らは、前記2の(三)記載のとおり(B)部分の土地上にブロック塀を設置し、原告らの通行を妨害している。

よって、原告らは被告らに対し、5ないし7記載の権利に基づき、(B)部分の土地の通行妨害の差止とブロック塀の撤去を求める。

9  原告会社、同谷口の別紙図面のチ、ト、ヘ、ル、リ、チの各点を順次直線で結んだ部分(以下「(C)部分」という)に対する予備的請求

仮に2記載の協定の内容が、幅員四メートルの本件既設私道はなお道路として残し、さらに西側に二メートル拡幅するものであるとの原告らの主張が認められず、右既設私道を西側に二メートル移動させるだけであるとしても、協定書の添付図面によると、本件既設私道の中心線、即ち別紙図面ホ点とヘ点を結んだ直線とチ点とリ点とを結んだ直線との交点をル点とすると、チ、リ、ルの各点を結ぶ直線の北西ないし西側部分は道路として残すこことなっている。

しかるに、被告らは別紙図面のチ、リ、ル線をこえてチ、ト、ヘ、ルの各点を直線で結ぶ線上にブロック塀を設置し、原告会社、同谷口が右部分を通行することを妨害している。

よって、原告会社、同谷口は被告らに対し、(C)部分の土地の通行妨害の差止とブロック塀の撤去を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)記載の協定が成立したこと及び(1)のうち原告会社、同谷口に関する部分は認めるが、原告野々口に関する部分及び(2)、(3)の点は否認する。同(二)のうち、原告野々口に関しては否認し、その余の事実は認める。同(三)のうち、被告ら三名が原告主張の位置にブロック塀を設置し、(B)部分を敷地として取入れたことは認める。

右協定の内容は、本件既設私道のうち西側半分と原告会社、同谷口の所有地の東端の幅員二メートルの土地とをもって幅員四メートルの道路にすることであり、原告らの主張するような道路の幅員を六メートルに拡幅する内容でなく、単に道路の位置を二メートル西へ移動するだけのものである。したがって、本件既設私道のうち東側半分は道路敷として不要となったため、被告らはこれを敷地内に取入れたものである。

なお、原告野々口は(一)の土地を所有しているが、(一)の土地は本件既設私道に接していないから、同原告がその所有地を道路敷に提供したことはない(公図―乙第一号証―によると(八)の土地と接しているのは、原告谷口が所有する(二)の土地と訴外多門弘が所有する同所一一番一七の土地だけである。

3  同3の(一)のうち、被告松本、同富永嘉江が本件既設私道全部を道路敷として提供すべき債務を有していることは否認する。同(二)のうち、(A)部分が原告野々口の所有する土地であることは否認する。

4  同4の点は争う。

5  同5の(一)のうち、通行地役権が設定されたこと、被告松本、同富永嘉江が通行地役権を承認して前者から(八)の土地を買ったことは否認する。

同(二)のうち、通路の開設、その維持管理が要役地の所有者によってなされたことは否認し、右の者らは公道に通じる他の道路を日常的に通行しているから、「継続かつ表現」の要件を欠いている。時効取得の主張は争う。

同(三)の各契約の成立は否認する。近隣住民が通行しているのは、被告らにおいて恩恵的に通行を黙認しているだけである。

6  同6の点は否認ないし争う。

通行利益は、道路位置指定処分による反射的利益に過ぎず、その反射的利益が存する場合に、それが私人の日常生活に必須の時に民法上の保護を受けるべきものである。しかし、道路位置指定処分は、所有権を制限するものであるから、土地所有権者の承諾が右指定の要件であり、被告松本らはかかる承諾をした事実はない。

7  同7の(一)の前段は認める。同(二)の事実は否認する。

8  同8のうち、被告らが、原告主張の位置にブロック塀を設置したことは認める。

9  同9のうち、協定書による新設道路の東側端がチ、リ、ル、ホの各点を直線で結んだ線であることは否認する。協定書の添付図面は原告らが恣意的に作成した図面で、現状に合わない。

本件既設私道のうち、本件協定により不要となる部分は、(B)部分のほか、チ、トの延長線とホ、ヘの延長線との交点及びへ点とト点とを直線によって結んだ三角形の部分である。被告松本らは右全部を敷地に取入れることなく、チ、ト、ヘ、ル線上に控えてブロック塀を設置した。したがって、右道路部分において幅員四メートルを欠いているとすれば、原告ら側の道路敷提供部分が約定の幅員二メートルを欠いているためである。

三  抗弁

1  仮に本件既設私道につき通行地役権または使用権が認められるとしても、新設道路は西側に二メートル移行した結果道路の曲り角部のカーブの度合はそれだけ緩やかとなり通行がより容易となったうえ、道路形態も舗装されて格段に良くなり、道路幅にも変化はないなど、近隣住民にとって新道となったための格別の不利益は全く存しないばかりか、むしろ大幅に改善されている。しかも、当初から付近住民には、他に公道に通じる私道が存するのみならず、右権利者らの提供する各道路幅は、被告松本らの提供するそれの二分の一足らずという不公平な分担である。黙示の通行地役権又は使用借権の認められることにより蒙る土地所有者の不利益を考えれば、その不利益をできる限り最小限にとどめんとするのが法の趣旨であり、また設定当事者の客観的、合理的な意思とみるべきである。

通行地役権又は使用借権の黙示的な設定時において、将来本件の如く他の権利者と同一割合の負担部分を残し、しかもより改善された権利者に何らの不利益を与えない新道が作られるときは、これを解除条件に本件土地の廃道部分に対する権利が消滅する旨黙示的に合意し、その解除条件が成就したか、又は右権利の対象を変更することを黙示的に合意したとみるべきである。

2  右主張が認められないとしても、右に見たように、新道により一層通行に便宜となり、何らの不利益を蒙っていないにもかかわらず、しかも新道を利用しながら、(B)部分の土地に対し通行地役権又は使用借権を主張することは権利の濫用にあたり、許されないというべきである。

3  (八)の土地は、その原所有者から順次訴外門脇とみ子、同井上勲、同諏訪勝年、同岡川初子を経て、昭和四四年一二月二二日被告松本らが買受け取得したものであるから、仮に(B)部分の土地を承役地とする通行地役権が設定されていたとすると、その要役地の所有者にとって、被告松本らは民法一七七条にいう第三者にあたり、右通行地役権の登記を欠く以上、被告らに対しその対抗力を有しないものである。

4  原告佐藤につき、(B)部分の土地を承役地とする通行地役権の取得時効が成立するとしても、被告松本らは、右時効完成後である昭和四四年一二月二二日本件土地を取得したものであり、右通行地役権に登記がない以上、原告佐藤はその対抗力を有しない。

四  抗弁に対する認否

1  被告らの抗弁事実1のうち、道路幅員に変化がないとの点及び解除条件付地上権設定契約、権利対象の変更の合意があった点はいずれも否認し、その主張は争う。

道路幅員は曲り角で、従前の約四メートルから約三・二メートルに狭められ、そのため急坂の曲り角の通行が著しく不便、危険となった。同所での自動車のすれ違いはできないし、出合頭の衝突のおそれが増大している。

2  同2の主張は争う。

3  同3のうち、本件通行地役権につき、登記のないことは認めるが、その主張は争う。

本件の場合のように、分譲地取得者相互間に交錯的に通行地役権が成立している場合には、私道敷分属の当事者間では、原則的に登記なくして対抗が可能であるというべきである。

4  (B)部分の土地に対する通行地役権の登記のないことは認めるが、本件においては前項と同じ理由で登記なくして右権利を対抗できる。

五  再抗弁

1  前述した本件既設私道の使用状況、原所有者の意思、右通行の必要性、承役地所有者(被告ら)の知悉の程度等を総合判断すると、被告らは、登記の欠訣を主張しうる正当な利益を有する第三者に該当しない。

2  仮に、被告らが正当の利益を有する第三者であると認められても本件における前記諸般の事情によれば、被告らが本件通行地役権設定登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であると主張することは信義則に反する。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1、2の主張はいずれも争う。

被告らは、(B)部分の土地を私道敷として負担すべきものとの何等の説明なしにこれを買い受けたのみならず、本件土地に隣接する西部及び北部付近の右購入時の現況は山林であって、しかも原告佐藤ら近隣住民には他に公道に通じる立派な道路が存在していたものであるから、通行地役権の負担があるとの認識も困難な情況にあった。また(B)部分の土地につき旧道と新道とを比較すると、新道はその曲り角のカーブの度合が緩やかになり通行がより容易となったうえ、道路形態も舗装されて格段によくなり、道路幅にも変化はないなど、近隣住民にとって格別の不利益は全く存しないのみでなく、むしろ大幅に改善されていることは既に述べたとおりである。前記曲がり角での自動車の通行も容易である。原告らは自動車のすれちがいを問題にするようであるが、この点は新道か旧道かでとくに差異があるわけではない。むしろ同所一一番地の一六、一一番地の二一及び一一番地の二〇の接点付近道路の曲がり角は急激な坂道となっており、自動車一台でさえ通行が困難な状態となっており、しかも原告佐藤には本件土地とは別に公道に通じる道路が存するのであるから、同人が敢えて本件土地を通行する格別の必要性は何等存するものではない。

従って、本件土地を通行地役権の承役地としておかなければならない被告らの不利益はこれを否定される原告佐藤の不利益に比し甚だ大であって、被告らは登記の欠缺を主張する正当な利益を有するものであり、また右主張をすることは何等信義則に反するものではない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、その内容は別として、原告佐藤を除く原告三名、被告松本、同富永嘉江、訴外深見、同中村の間で、同五〇年七月、「私設道路改修に関する協定」が成立したことも当事者間に争いがない。

二  右協定の内容のうち、原告会社、同谷口が、本件既設私道の西側に隣接する各所有土地の東側一部を幅員二メートルの新私道敷として提供することは当事者間に争いがない。

原告らは、右協定は、幅員四メートルの本件既設私道は依然として、道路敷としておき、更に原告らが右私道に接する各所有地の東端の幅員二メートルの土地を新私道敷として提供し、幅員合計六メートルの道路にする合意であると主張し、《証拠省略》は、右主張に副っている。

しかし、右各供述は、《証拠省略》に照らして採用できないし、右《証拠省略》は、原告野々口の右協定内容の解釈を記載したものにすぎず、これも右各証拠に照らして採用できない。

原告谷口次郎の供述によっても、本件既設私道のうち西側の幅員二メートルの部分は新私道敷として提供する旨の明確な合意はあったが、東側の幅員二メートル部分の土地については、これを引続き道路敷として使用する旨の話は出ていなかった旨供述している。

かえって、《証拠省略》によると、右協定成立までの話合の中で、原告谷口から、原告らから幅員二メートルの土地を提供し、既設私道と合わせて幅員六メートルの道路にしようとの意見が出たが、被告側や前記訴外人らは、該道路は勾配が強く先細りなので拡幅の必要はないと拒否し、最終的には、既設私道を西方へ二メートル移動することとし、原告ら側から幅員二メートル、被告ら及び訴外人らから幅員二メートルをそれぞれ提供し、新道路は幅員四メートルとする旨の合意が成立したことが認められ、被告松本らは、本件既設私道のうち西側の幅員二メートルの部分を私道敷として提供すれば足り、原告野々口に対し、既設私道の東側の二メートルを提供する義務は認められない。

そうすると、被告松本らに本件既設私道のうち東側の幅員二メートルの部分の提供義務あることを前提とする原告野々口の本件協定の解除や損害賠償の請求はいずれも理由がない。

また、《証拠省略》によると、原告野々口は、本件協定に基づき(一)の土地のうち(A)部分を新私道に提供していることが認められ(《証拠判断省略》)、右協定の解除が認められない以上、被告らに対する(A)部分の土地の通行差止めは理由がない。

右次第で、原告野々口の通行差止め請求及び損害賠償請求はいずれも理由がない。

三  次に、原告佐藤の通行地役権の主張について判断する。

《証拠省略》によると、

1  訴外岡本茂子、同岡本常夫こと金碩謙は分筆前の京都市右京区鳴滝音戸山町一一番二山林一町三反六畝一五歩の土地(以下、番地のみで記載する。他の土地についても同じ)を共有していたが、右山林を細分化して宅地として分譲する計画をたて、昭和三二年一二月二四日、右一一番二の土地から、別紙見取図記載のように一一番一一ないし一一番二九の各土地を分筆した。そして、右原所有者は、右各土地が公道に面していないため、右分筆と同時に、右一一番一五(被告松本ら共有地)、一一番一四(深見所有地)、一一番一一(中村所有地)のほか、一一番一二、一三、一一番一六ないし一八、一一番二一ないし一一番二八(うち一一番二二は原告佐藤所有地)等の各土地の一部分を道路部分として区分し、幅員約四メートルの私道を開設し、一一番二九の土地は原所有者の所有のまま残して私道とした。

2  右私道は、当初、一一番一一の西側部分を起点として北方に通じ、一一番一五の西側部分および北側部分を経て一一番一六東側部分より南下し、更に東方へ迂回して右一一番二九の土地を経て公道に通ずるようになっており、右一一番一一の南側の一一番六の土地は、別の所有者であって、その土地の買収ができなかったため、右私道の南の方にある公道に接続することができず、右分譲者および被分譲者等は、公道に出るのに右一一番二九を経る方法しかなく、曲折が多く、かつ狭い部分があって大いに不便を感じていた。

3  そこで、右原所有者のうち金碩謙は、原告野々口に依頼して、昭和三三年三月一日、同原告所有の(一)の土地から幅員二・二間(約四メートル)の土地を一一番三二(三畝一〇歩)として分筆、買受け、これを私道敷とした。右各分譲土地の所有者は、一一番一五、一一番一四、一一番一一各土地西側部分にある本件既設私道および一一番三二の私道を通って公道に出られるようになった。

そして、右通行方法は、従前の東方に迂回する通行方法に比し、道路状況その他の点ではるかに便利なため、右各土地の被分譲者は、以来、右一一番三二を経由して通行するようになってきた。

4  (一一)の土地は、同三三年二月、前記原所有者から訴外永野はるゑに売却され、同四四年三月に同人から訴外永野辰雄、永野千枝に譲渡され、さらに同年一二月、原告佐藤に売却された。

5  (八)の土地は、同三三年三月五日に原所有者から訴外門脇とみ子に売却され、同三六年一二月に同井上勲、同四一年五月に同諏訪勝年、岡川和子に順次売却され、更に同四四年一二月に被告松本らに売却された。被告松本らは、右売買に際し、(八)の土地につき敷地の部分とその北側では約二メートル、西側では約四メートル巾の道路の部分を区分して面積を測量求積した測量図を売主から交付され、(八)の土地の買受当時は、右道路部分は他の分譲地の取得者の一人である上田によって簡易舗装され、外形上も道路として通行に供されていることは明らかであった。

ことが認められ、右認定事実によると、分筆前の一一番二の土地の原所有者岡本らが、同土地を分筆するに際して開設した私道は公道まで通行するためのものであって、各私道部分を含む分筆後の土地が原所有者から売却される都度、原所有者と各買受人との間で右の各私道につき相互に通行地役権を設定する旨の少くとも黙示の合意が成立し、後に分筆後の土地を買受けた者は右の通行地役関係を前者から承継し、その結果、分筆後の各土地取得者相互間に交錯的に通行地役権が成立したものと認めるのが相当である。

被告松本らは前所有者の諏訪勝年ほか一名から(八)の土地を買受けるにあたり、(八)の土地のうち西側の本件既設私道及び北側の私道部分につき、これら私道を含む前記私道に接する一一番一一ないし二八の各土地(一一番二九は私道敷となっているから、除く)のため、これを道路敷として通行の用に供すべき義務、即ち通行地役権の設定を承認したものというべきであり、訴外永野はるゑは原所有者から(一一)の土地(一一番二二の土地)を取得する際に、同土地のために(八)の土地のうち(B)部分を含む西端の既設私道に通行地役権を取得し、永野はるゑから(一一)の土地を取得した永野辰雄ほか一名から右土地を取得した原告佐藤は、同時に右通行地役権を取得したものといえる。

四  被告らは、右通行地役権設定契約は解除条件付であると主張するが、本件全証拠によるも、黙示的にせよ右事実を認めることはできないし、又、新設道路のうち西側の幅員二メートルの部分は公道でなく、原告野々口、同谷口、原告会社が提供した私道にすぎないから、前記「私設道路改修に関する協定」に参加していない原告佐藤としては右部分を当然の権利として通行できるものではない。ただ事実上、通行することを容認してもらっているだけの原告佐藤にとって、新設道路が西側に二メートル移行したとの事実があるだけでは、被告ら主張の解除条件成就の前提事実も認めることはできず、右主張は失当である。また、右事実のもとでは権利対象の変更の合意も認められない。

被告らは、原告佐藤が(B)部分の土地に通行地役権があると主張することは権利の濫用であると主張するが、右主張も、原告佐藤が新設道路の西側の幅員二メートルの部分を当然に通行する権利があることを前提とするものであるが、右前提が認められないことは、前段においてみたとおりであって、右主張も採用できない。

原告佐藤が三認定の通行地役権につきその旨の登記を得ていないことは当事者間に争いがない。

しかし、本件の場合、被告松本らは、自己が買受ける(八)の土地に既設私道が設置され、現に右私道が通行の用に供されていることを知って(八)の土地を買受けたことは前にみたとおりであり、自らも(八)の土地から公道に出るためには、他人の私道を通行せざるをえない立場にあるから、前記通行地役権の負担のあることは知っていたものと解され、本件の場合のように分譲地の取得者が相互に交錯する通行地役権を設定している場合には、被告ら自らも私道通行の必要上通行地役権を対抗することを望みかつ通行地役権を対抗されることを甘受して交錯的に通行地役権を対抗しあう法律関係に加入するものであるから、通行地役権者である原告佐藤に対し、登記欠缺を理由としてその通行地役権を否定することは信義則に反し許されない。従って、承役地を提供している通行地役権者相互間では、登記なくして通行地役権を対抗することができるといえる。

五  被告らが(B)部分の土地上にブロック塀を設置し、原告らの通行を妨害していることは当事者間に争いがない。

そうすると、原告佐藤が(B)部分の土地に対する通行地役権に基づいて被告らに対し、(B)部分の土地に対する通行妨害の差止及びブロック塀の撤去を求める請求はいずれも理由がある。

六  原告佐藤を除くその余の原告らは、(B)部分の土地に対し、通行地役権又は使用借権があると主張し、(八)の土地を取得後同五四年一月ころまで被告松本らは(B)部分の土地を含む本件既設私道を他の者が通行することを容認していたことは被告富永敏郎本人も認めるところであるが、本件全証拠によるも、右原告らとの間で通行地役権設定契約、使用貸借契約が締結されたことを認めることはできない。

また右原告らは(B)部分の土地につき通行の自由権があると主張するが、右原告らは、前記「私設道路改修に関する協定」において本件既設私道のうち西側の幅員二メートルの部分と右原告らの提供する幅員二メートルの土地をもって新設道路とすることに合意し、(B)部分の土地を含めなかったことは前記二においてみたとおりであり、右事実によれば、右原告らは(B)部分の土地を含めなくても道路新設の目的を達成することができるとの判断の下に右協定を締結したものと解され、(B)部分の土地が原告らにとって必要不可欠な土地であったとは認められないから、偶々右原告らが(B)部分の土地を通行していた事実があったとしても、それをもって通行の自由権を有していると解することはできず、右主張も失当である。

従って、原告野々口、同谷口、原告会社の(B)部分の土地に対する請求はいずれも理由がない。

七  最後に、原告谷口、原告会社の予備的請求について検討する。

《証拠省略》によると、本件既設私道の東端は別紙図面のチ、リ、ヌの各点を直線で結んだ線であり、被告らが同五四年一月に設置したブロック塀は同図面のチ、ト、ヘ、ル、ヲ、ワの各点を順次直線で結んだ線上にあること、一方、本件の「私設道路改修に関する協定」に添付されている図面には、被告松本らが新設道路として提供する土地の東端は別紙図面のチ、リ、ル、ヲ、ホの各点を順次直線で結んだ線である旨の表示がなされていることが認められるので、これによれば、被告らは右協定に基づいて新設道路に提供するべき土地の中、(C)部分の土地を提供していないかのようである。

しかし、右の甲第一、二号証の添付図面によると、原告野々口らが新設道路に提供するべき土地の北西ないし西の端は、右曲り角付近においては別紙図面のチ、リ、ル線と平行線をなす直線で、その間隔が六メートルの位置にくる筈のところ、《証拠省略》によると、原告野々口らはこの位置より更にかなり西に寄った位置、即ちハ、ニ点の延長線上にひかえて道路を開設していることが認められ、右事実によると、原告野々口らは、少くとも右曲り角付近の道路の位置については、右甲第一、二号証の添付図面を無視していることが認められ、右協定の当事者間においては右添付図面は単に参考図面として添付しただけで、図面どおりに当事者を拘束すると理解されていたものとは解されず、右図面でなく、それぞれ本文記載の文言を重視し、これに拘束力をおいていたものと解するのが相当である。そして、甲第一、二号証の本文によっても、(C)部分の土地につき、原告谷口らが通行権を取得したものと認めることはできない。

そうすると、右添付図面を根拠として、被告松本らは、前記協定に基づきチ、リ、ル線までは新設私道に提供する義務があり、従って、原告谷口、原告会社は(C)部分の土地につき右協定に基づく通行権があるとの主張は採用できない。

八  以上の次第で、原告佐藤の請求は理由があるので認容し、その余の原告らの請求はすべて失当であるから棄却し、民訴法八九条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊谷絢子)

<以下省略>

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